カスタマーサクセスの実力は構造化スキルに宿る

これまで「カスタマーサクセスの再現性をつくり出す業務モデリング」の記事で、で思考を深堀りするシミュレーションの重要性と、「カスタマーサクセスにとって言葉はなぜ大事か?」で顧客に行動してもらう必要性を語ってきました。

今回取り上げる「構造化スキル」は、この2つのテーマをつなぐものです。どれほどカスタマーサクセスが深く思考した内容でも、相手に伝わらなければ意味がありません。たとえ分かりやすく伝えられたとしても、内容が不十分では顧客に行動してもらうことができないでしょう。

顧客の行動を促すためには構造化が非常に重要となります。言い換えれば構造化スキルの差によってカスタマーサクセスの実力や活動成果は大きく異なるということです。

つまり構造化とは、シミュレーション結果をもとに顧客と円滑にコミュニケーションを行うために必要であり、構造化スキルはカスタマーサクセスが顧客を導くために欠かせないものとなります。

それはカスタマーサクセスだけにとどまらず、全てのビジネスパーソンにとって必須スキルといえるでしょう。

今回は構造化を活用する観点や、カスタマーサクセスの業務での適応例を通じて、構造化について説明します。

“カスタマーサクセスに限らず、全てのビジネスパーソンにとって「構造化」は重要である”

この主張に違和感を覚える人は少ないでしょう。
それほど構造化の有用性は疑いようがないものなのです。

これまで説明してきた業務モデリングや言語化と比べて、直感的にこの有用性が理解できる理由は、多くの人が普段の業務で構造化している経験があるからではないでしょうか。

構造化に対する理解の解像度を上げれば、構造化の種類ごとの効果や適用シーンが明確にイメージできるようになり、活用の幅と効果が高まるはずです。

定義から構造化を理解する

まず構造化の定義から紐解くと、構造化とは物事の全体を定義した上で「構成要素」と「構成要素間の関係」を整理する取り組みとなります。

つまり構造化は対象を構成要素に分解して意味付けし、それらの関係を整理することです。

これはさまざまな業務で実施していることでしょう。例えば、「提案資料を作る」「調査結果をまとめる」といった作業でも構造化の良し悪しによって資料の品質が大きく左右されます。

カスタマーサクセスでは、顧客の業務を理解した上で顧客課題を自社サービスでどう解決していくかを考えることがミッションです。つまり顧客業務の要素を分析して、自社サービスという要素が顧客業務に組み込まれることの意味付けを行う活動がカスタマーサクセスの基本かつ重要な業務といえます。

構造化ができれば結果に自信をもてる

構造化スキルを身につけるメリットは、顧客に納得感を与えられる説明ができるロジックを組み立てられるようになることです。これまでモヤモヤして曖昧な内容が構造化で整理されると、議論すべき対象の輪郭がはっきりしてきます。

輪郭がはっきりすれば対象の曖昧な部分がなくなり、検討内容の抜け漏れが減っていくでしょう。構造化することでMECEであることも確認できるのです。

カスタマーサクセスが構造化によって抜け漏れを確認できると、その内容に自信がもてるようになります。このような心理状態になれれば、顧客と円滑なコミュニケーションができます。

自信をもって説明できる状態まで構造化できていれば、顧客が何から取り組むべきかが見えてくるでしょう。つまり、顧客が取るべき行動の優先度を決定する基準をカスタマーサクセスが理解している状態であるということです。

実際には顧客伴走による顧客とのコミュニケーションが先にあって、伴走を通じて課題の本質を理解することになるかもしれませんが、曖昧なコミュニケーションをいくら続けても顧客課題の真因には到達できないでしょう。

だからこそ早期に構造化して自信がもてる状態になっていることが重要なのです。

関係整理のための観点

構造化は対象を構成要素に分解して、関係を整理するため、構成要素が2つ以上存在していなければなりません。このことは、構造化を試みる実施者が、対象について2つ以上の関係する構成要素を見い出しているともいえるでしょう。

2つ以上の構成要素の関係は次の2つの観点で整理できます。1つ目は全体と部分の対応関係を整理するための包含関係です。これは全体の構造の中で構成要素はどこに位置づけられるかについての関係を整理します。2つ目は因果もしくは相関関係です。こちらはそれぞれの構成要素が作用する関係を表します。

これらの観点を区別して構成要素を整理することで、構造化の品質を高めることにつながります。ただし、これらを混ぜながら整理してはいけません。

2つの観点が混同されてしまうと構造化が複雑になりすぎて、整理したにもかかわらず、わかりづらいものになってしまう可能性が高いです。

構造化に限らず一般的に、別々の観点を混ぜてしまう行為は、多くの場合で良い結果にならないでしょう。別々で扱うべきものは、最後まで分けておくことがどんな場面でも重要です。

構造化の3つの型

構造化の表現方法はさまざまありますが、一般的にはマトリクス、ツリー、フローの3つの型に分類できます。構造化の目的に応じてこれらを使い分けることが重要になります。

マトリクスは、「象限整理」「ターゲット設定」「自社のポジション把握」といった全体における位置づけを整理するときに使うものです。ツリーは、樹形状に要素を整理するときに使うものです。「ロジックツリー」「KPIツリー」「マインドマップ」などが代表的でしょう。フローは、「業務プロセス」「活動スケジュール」などといった時系列の変遷や業務の流れを整理するときに使うものです。

これら3つは、いずれも活用頻度は高く、カスタマーサクセスの業務でもよく使われているはずです。

またカスタマーサクセスに限らず、これらは普段の業務で多くの人が自然と使っているものでしょう。つまり、構造化のメリットや用途を理解し目的に適して使用することは、ビジネスパーソンとしても重要なスキルであるといえます。

構造化はカスタマーサクセスの起点

これまで構造化の理解を深めるために、構成要素間の関係を整理する観点や、構造化の3つの型とその用途について説明してきました。

構造化は、深く知るだけではなく、深く知ったうえで業務に活かすことが重要です。そのためには、カスタマーサクセスの担当業務でどのように構造化すると効果的か把握する必要がありますが、その準備として業務に対する構造化の位置づけについて説明します。

カスタマーサクセスに限らず、構造化はビジネスの出発点といっても過言ではありません。

構造化はカスタマーサクセスの思考・活動の深掘りや、顧客の行動変容に対する動機づけの場面で機能するものです。

つまり構造化は、「これまで蓄えてきたインプットをアウトプットに転換するきっかけ」や「カスタマーサクセスの起点」ともいえるのです。

構造化スキルが「業務モデリング」と「言語化」をつなぐ

カスタマーサクセスが構造化スキルを習得することで、解決ができる顧客の課題の守備範囲を確実に広げることができます。実際にカスタマーサクセスの顧客伴走以外でも、事業立ち上げや組織変革の仕組み化などで、構造化スキルがある人材が活躍しています。

当然ながら実務で効果を発揮させられるようになるためには、構造化スキルのレベルが一定レベルを超えていなければなりません。

構造化スキルは、経験を積めば積むほど磨かれます。しかし実際の顧客案件では失敗が許されないことも多いでしょう。だからこそ「カスタマーサクセスの再現性をつくり出す業務モデリング」で紹介した業務モデリングのシミュレーションによる脳の筋トレによって、擬似的にでも経験を積むことが重要になってきます。

そして構造化スキルは業務モデリングのスキルと密接に関係します。なぜならば業務モデリングのアウトプットである業務モデル自体が構造化の一種だからです。

また構造化スキルは言語化スキルとも密接に関係しています。なぜならば構成要素を整理していくうえで、その構成要素を定義・命名しなければならないからです。当然、定義・命名するには言語化スキルが求められます。

構造化に取り組むほど言葉に対する感度が高まり、それが顧客との共通言語を探し出す土台になります。つまり構造化は、顧客理解を深め、深めた内容を顧客と共有するという二つをつなぐ非常に重要な役割を担っているのです。

裏を返すと構造化できていないビジネスは成立しづらいということです。

ビジネスモデルが構造化できてない状態で、顧客に提案しても納得してもらうことは難しいでしょう。そのような状態ではビジネスモデルを仕組み化することができません。

目的によってアウトプットは当然変わる

繰り返しになりますが、構造化にはさまざまな表現方法があり、目的によって適切に選択しなければなりません。

例えば、ゴールを達成するために必要な手段を洗い出して要素分解をする構造化ではKPIツリーを採用することが考えられます。

また顧客との議論の第一歩となるマーケティングのためには、PESTやSWOTといったフレームワークが使われるようにマトリクスを採用することが多いでしょう。フレームワークは先人の知恵が詰まった構造化テンプレートになっており、使うことで効率的に構造化できます。

その他に業務でよく使われているものとして、業務の流れを構造化する業務フローといったものもあります。

このように、目的に応じて構造化の表現方法は異なります。どういった表現方法が構造化に適しているかを理解しておく必要があるのです。アウトプットの要件がわかれば、要件に応じて自ずと適している構造化の型を選択することができるでしょう。

ただし、複数要件が混ざっている場合は注意しなければなりません。例えば事業計画作成といった活動では、1つの構造化の型だけで解決できないため、複数の型を組み合わせると必要があります。事業計画の項目によって、マーケティング戦略ではマトリクス、推進体制ではツリー、活動スケジュールはフローというように使い分けていきます。また、そもそも構造化が適さない項目では、使わないという判断もあるでしょう。

事業計画のような抽象度が高いものの場合、要素に分解して抽象度を下げてから、マトリクスやツリーなどを使って全体の骨子の構造を作ることができます。

このような一見構造化が難しそうな内容でも抽象度をコントロールすることで、構造化の効果を発揮できようになります。

「静的構造」と「動的構造」を含むフロー

ここまで構造化の効果が中心でしたが、構造化するために注意すべき重要な観点についても説明します。

それが「静的構造」と「動的構造」の違いです。

構造化はその名のとおり「構造」を表すため、いわば静的なものであり、この「静的構造」によって全体感や現状を把握しやすくなっています。しかしこれまで説明してきたマトリクス、ツリー、フローの3つの型のうち、必ずしも静的構造にならないものが「フロー」です。

フローだけは動的な時間の流れである「振る舞い」を含んでいます。そう考えると本来は動的で頻繁に変わる可能性がある内容をあえて静的に表現するという、一見矛盾する取り組みを行っていることになります。

つまり、構造化の中でフローが一番取り扱い困難なものであり、スキルが高くなければ正しく構造化できません。

フローの構造化を成功させるためには、対象としているフローの「静的構造」と「動的構造」を理解することが必須になります。特に「振る舞い」は構造化を複雑にするため、この扱いを誤ると整理したにも関わらず、むしろわかりづらくなってしまうでしょう。

フローは3階層 (ユニバーサル、ワールドリー、アトミック)

フローを構造化するには「静的構造」と「動的構造」を区別して取り扱う必要があります。そのためには「フロー」というものを詳しく知ることが役に立つかもしれません。

フローの一つである「プロセス」についてはプロセス改善分野で研究されており、プロセスを3階層のレイヤーに分けて考えています。今回はこのプロセス改善分野での研究内容を通して、「フロー」を整理してみましょう。

まず上位の1階層目は「ユニバーサル」とよばれるレイヤーで、最も抽象度が高いプロセスです。この階層は、一般化している業務の振る舞いを記述しており、業務の概観を理解するために用いられます。この階層をカスタマーサクセスで考えると、「オンボーディングからクロスセル&アップセル」に至る一般的なプロセスであり、おそらく、どのカスタマーサクセスでも同様の内容になるでしょう。

次の2階層目は、ユニバーサルよりも具体的なプロセスを表現する「ワールドリー」のレイヤーです。この階層は、プロセスの理解、改善の検討、管理や再利用に適しているといわれており、一般的というよりも各企業で個別のプロセスになります。先ほどユニバーサルで記述したオンボーディングフェーズも、具体化すると各社によってその取り組み方や業務プロセスが異なるでしょう。そのような個別の取り組みや業務プロセスを型化・標準化している組織も多いですが、この型化・標準化されたプロセスを記述する階層がワールドリーです。

最後の3階層目は「アトミック」で、ワールドリーよりもさらに具体的で実際の作業手順を記載するレイヤーです。この階層は実際の作業や処理であるため、振る舞いが主体となり、場合によっては記述されていないかもしれませんが、作業者の頭の中には必ず存在しています。カスタマーサクセスでいうと、顧客と打ち合わせする、メールを送る、説明資料を作るといった実際の作業内容です。

この3階層のうち、ユニバーサルとアトミックは動的構造で表現し、ワールドリーは静的構造で表現することが有効であるといわれています。この研究内容をフローにあてはめて考えると、ワールドリーレイヤーでしっかりと静的構造をとらえることが構造化にとって重要となります。

「時間」が構造化を複雑にする

繰り返しになりますが、フローの構造化が難しい理由の一つは振る舞いである「動的構造」が混ざりやすいからです。実は静的構造にある要素が加わることで動的構造に変化してしまいます。

それが「時間」です。

構造化は時間の概念が加わると複雑になってしまいます。時間の概念が加わることの複雑さを認識するときは、「変化に対応するとき」ではないでしょうか。

なんらかの外部変化があっても静的構造の側面は変化せず安定していることが多く、構成要素や手段の調整のみで対応できることが少なくありません。例えば新型コロナによるパンデミックのような生活様式を変えてしまう外部環境の変化が起きたとしても、顧客に提供する情報が構造的に変化しないのであれば、それまで対面であった業務もリモートワークに切り替えて対応することが可能です。

一方、振る舞いである動的構造には時間の概念が制約として加わるため、静的構造と比べて自由度が減っています。静的構造であれば構成要素の入れ替えで対応できる変化でも、動的構造はそう単純にはいきません。場合よっては複雑すぎるため、一度壊してゼロから構築しなければならないことが多いでしょう。先の新型コロナの例で考えると、静的構造では変化がなかったところであっても、「対面からリモートワークになる」という振る舞いの部分は変化しています。

つまり、静的構造は変化の影響を受けづらく、動的構造は変化の影響を受けやすいということになります。そのため型化・標準化のような、ある程度の期間で汎用的に使えるフローを作るためには、振る舞いを排して静的構造で整理しておくことが有効です。

「動的構造(振る舞い)」をどうやって扱うべきか

振る舞いである動的構造が変化の影響を受けやすいということは、プロセスにおけるユニバーサルとアトミックの扱い方を考えなければなりません。

まずユニバーサルは、抽象度の高い概念的な振る舞いとなります。この階層は外部環境変化の影響を受けますが、変化するまでの時間が長いため、日々の業務での影響はさほど大きくありません。

一方でアトミックは変化の影響を受けやすいものです。アトミックは作業手順の振る舞いを表現するため、日々の業務でも環境変化などにより大きく変わる可能性があります。この変化の影響を受けないようにすることは不可能なので、アトミックは頻繁に変わるものだということを理解しておく必要があります。

そのためアトミックについては、変化があったときに「作業手順を生成する仕組みを作る」「担当の裁量に任せる」など、作業がやりやすいような環境を整えておくことが重要です。特に、ワールドリーレイヤーで型化・標準化されている場合、それらとの整合性を取った形で作業手順を生成できるようにするとよいでしょう。

静的構造と動的構造の境界

プロセスの3階層における実務的な課題の一つが、ワールドリーとアトミックの「境界の決め方」になります。

この境界を決める観点の一つとして業務範囲があります。具体的には、自チーム以外の他部門が関わる場合はワールドリーとしてとらえ、自チームで収まる業務範囲はアトミックレイヤーとしてとらえるということです。

そもそもプロセスを構造化する目的は、対象を改善することです。自チームで収まる範囲では、具体的な作業レベルでの改善が中心となりますが、他部門が関わる範囲では、作業レベルではなくもっと俯瞰的な視点が必要となり、業務全体の静的な構造を整理することが有効になります。

このような他部門が関わるワールドリーレイヤーでの改善は自チームだけでは難しいため、関連部門との交渉が必要です。交渉にあたっては、全体ゴールとそれを達成する手段(構成要素)を整理しなければなりません。

他部門との交渉が必要な改善を作業の振る舞いだけでとらえると、解決策が稚拙なものになりがちです。例えば、問題があることはわかっていたとしても、他部門からすると作業レベルでは本質的な原因が理解できないため、解決策としてとりあえず集まって話し合いをしようとなることがあります。そうすると、声が大きく力の強い部門の意見が通りやすいといった状況に陥ってしまうでしょう。

逆V字モデルがサクセスを請け負う

カスタマーサクセスで一番活用されている構造化は、フロー構造のカスタマージャーニーマップでしょう。皮肉にもカスタマーサクセスが最も活用するアウトプットこそが、これまで議論してきたように構造化としての難易度が最も高いことになります。

現状のカスタマージャーニーマップでは、現場のライトサクセスを実施するには十分な場合もありますが、経営層向けのディープサクセスまでには至らないことも多いのではないでしょうか。

そもそもライトサクセスとディープサクセスでは対応ソリューションが異なると考えているかもしれませんが、現場と経営は組織として繋がっています。そのため、ライトサクセスとディープサクセスは関連しているはずです。

ライトサクセスとディープサクセスの双方を実現する考え方として、逆V字モデルがあります。この考え方は、カスタマーサクセスの仕組み化を期待されるリーダー人材を支援してくれるでしょう。

ここでは、逆V字モデル適用の背景を含めて、取り組み内容について説明します。

カスタマージャーニーマップを型化するポイント

多くのカスタマーサクセスは、組織成長のためにカスタマージャーニーマップの型化が必要だと考えています。しかしこれまで議論してきたとおり、カスタマージャーニーマップのフロー構造が構造化のなかで難易度が一番高くなります。

一般的なカスタマージャーニーマップは、動的構造の振る舞いのみ、もしくは振る舞いと静的構造が混ざったフロー構造になっていることが多いでしょう。

カスタマージャーニーマップを型化するためには、ワールドリーレイヤーで静的構造を抽出してとらえることが必要になります。これこそが顧客のサクセス並びに自社のサービスを型化して素早く横展開するための重要なポイントなのです。

ここで断っておきたいことは、振る舞いが不要ということではありません。顧客の業務の流れをとらえるのであれば振る舞いは必要です。ただしそれを型化して拡張するためには、静的な構造を把握しなければならないということです。

そのため「動的構造」に加えて「静的構造」のカスタマージャーニーマップも作成することが一番望ましいでしょう。

カスタマージャーニーマップを型化するためには、多くの顧客で活用できるように共通化する必要があります。そのためには個別の顧客で構造化したカスタマージャーニーマップを集めてさらに構造化しなければなりません。

メタ的ですが「構造化の構造化」です。

このような構造化の活用が進んだ背景の一つが、カーネギーメロン大学で行われているプロセス研究があります。この研究は、NASAなどのようなミッションクリティカルな分野でのソフトウェア開発においてどのように品質を担保することができるか、がテーマでした。

「良いプロセスから良いソフトウェアが生まれるはず」という前提のもと、品質がよいとされる開発プロジェクトの共通項を見い出して、プロセスの標準化を行われました。この研究において、「ユニバーサル」「ワールドリー」「アトミック」の分類や、「静的構造」「動的構造」の考え方が整理されたのです。

この研究成果を踏まえると、カスタマージャーニーマップの動的構造や静的構造を集積することで、標準的なカスタマージャーニーマップの型を生み出せることでしょう。

逆V字モデルでライトサクセスとディープサクセスを実現

カスタマージャーニーマップは構造化の難易度が高いものの、カスタマーサクセスが構造化を進めていくためには、まずカスタマージャーニーマップから着手すること効果的です。

カスタマージャーニーマップはフロー構造なので、動的構造と静的構造を区別することから始めなければなりません。実はここが最も重要なポイントになるのです。

多くのカスタマージャーニーマップは動的構造が中心となっているため、静的構造をとらえる観点が必要となります。

なおフローの静的構造をとらえることは難しいですが「あなたは本当に顧客理解できていますか?」で説明した成果物視点が、フローを静的構造でとらえる有効策の一つとなります。カスタマージャーニーマップを足掛かりに成果物視点で業務を見ることで、現状業務の静的構造を抽出することができるのです。

現状業務を静的構造で表現できれば、ツリーやマトリクス構造との親和性が高くなります。具体的には現状業務の静的構造に紐づいたKPIツリーを作成することができます。

このようなKPIツリーであれば、上位目標とのつながりがわかり、経営目標と連動した業務のKPIを設定できるため、業務KPIがどの経営目標に貢献するかが明確になるでしょう。

そうすると、KPIツリーを使った経営層とのコミュニケーションが可能になります。将来めざすべき経営目標を決めれば、KPIツリーに従って業務目標も正しく設定できるようになるのです。

そして業務の目標が明確になれば、カスタマージャーニーマップからめざすべき業務プロセスの振る舞い(動的構造)が導き出せます。それが実務の作業内容になるのです。

具体的な進め方は、まずカスタマージャーニーマップから現状の静的構造を整理したうえでAsIsのKPIツリーを作成し、このKPIツリーを活用して経営層と議論します。

次に経営層との議論からめざすべき経営目標と連動したToBeのKPIツリーを作成して、新たなKPIを反映するためにToBe業務に落して、振る舞いのカスタマージャーニーマップを作成していくということです。

この一連の流れは、ソフトウェア開発のV字モデルとは逆の動きをする「逆V字モデル」といわれています。

逆V字モデルは、現場向けのライトサクセスと経営向けのディープサクセス双方に効果があります。この逆V字モデルを使うことで、現場と経営両者のサクセスに貢献できるのです。

カスタマーサクセスも業界が成熟するにつれて、単純な「サクセス」からライトサクセスとディープサクセスに細分化され、それぞれの対象に合わせてカスタマーサクセスの対応も変える必要が出てきました。

特にディープサクセスのように長期視点で検討する領域では、逆V字モデルのように現場と経営を構造化する取り組みが求められています。また複数顧客に高品質の成果を提供できるようなカスタマーサクセスの型化にもこのモデルの適用が期待できるでしょう。

構造化の難しさも理解して活用する

これまで説明してきたように、カスタマーサクセスにおける構造化の有用性の一つは型化によるスケーリングです。型化できるということは、実践内容のナレッジ活用が容易になる利点があります。

一方で構造化は、お互いの知識レベルや共通理解が整っていない状態での議論で用いることが難しいです。つまり、直感的に理解しやすいものから議論を進めていく必要があります。

議論の進め方については、「カスタマーサクセスにとって言葉はなぜ大事か?」でも説明したとおり、抽象度が高い内容から議論することが有効です。

構造化でいうと、フローの階層であるユニバーサルレイヤーの振る舞い(動的構造)を確認するところが議論の入り口でしょう。ここは業界標準の議論で各社の個別議論になることは少ないため、業界知識があれば十分会話が成立します。

ただしフローは抽象度がチェックできないという特徴もあるため、おおざっぱで人によって認識が異なってしまったり、特定の人しかわからない非常に細かな作業レベルの議論になってしまったりします。扱う要素の粒度がバラつきやすく、抽象度をコントロールする議論には向いていません。

一方でマトリクスやツリー構造は、要素間の粒度がおかしかったら気づきやすくなっており、構造化すると自然と抽象度をコントロールできる作用が働く特徴があります。

そのためマトリクスやツリーを使ったマーケティングの議論から入ることで、抽象度が高い議論から具体へと自然にうつっていけるでしょう。

このように、構造化は一つの型だけに頼るのではなく、必要な構造化の型を駆使することが成功要因なのです。

相手が断らない提案も構造化で作れる

ここまで構造化および逆V字モデルの有用性について説明してきました。しかし忘れてはならないことは、構造化した内容をどういった流れで相手に訴えていくかという説明の組み立て方です。

顧客への伝え方は「カスタマーサクセスにとって言葉はなぜ大事か?」でも説明しましたが、これとは別に、プレゼンや提案などで、どういった順序で相手に伝えて行動してもらうように促すべきかを考えることも重要です。

ここでは、提案を聞いた顧客が実際に行動するときに心理的に抵抗を感じる要素と対応方法について説明します。

顧客心理を構造化した「抵抗の6階層」

顧客心理として抵抗を感じる内容は、Theory of Constraints (TOC:制約条件の理論)の「思考プロセス」で整理されています。

それは、説明を聞いているとき顧客が感じる「抵抗の6階層」です。

1階層目は、問題の存在自体に合意していないという抵抗です。問題自体に合意できてないと議論がずっとかみ合わないことになります。そのため、解決策から説明するのではなく、こちらが考えている問題を、問題として認識しているかを確認するところから始めましょう。この問題を認識しているかという観点は抜けがちですが非常に重要です。

2階層目は、問題には合意できているうえで解決策の方針や方向性に合意できないという抵抗です。解決の方向性に合意してもらうことで解決した後の状態に対して共通認識をもつことができます。問題に合意した後すぐに解決策の内容を説明するのではなく、解決の方向性に合意してもらうことを意識しましょう。

3階層目は、提示している解決策では問題を解決できないという抵抗です。これを乗り越えるためには、解決策の有効性を示さなければなりません

4階層目は、解決策には合意できているものの、実行すると悪影響が発生してしまい踏み出すことができないという抵抗です。提案する解決策を実行した場合に、顧客に悪影響が発生しないようにする方法、もしくは悪影響が発生した場合の対処方法を予め考えておくとよいでしょう。ここまで来ていると、こちらの提示する解決策には合意できているので、顧客と一緒に悪影響に立ち向かえるはずです。

5階層目は、解決策を実行にうつす際に障害があるため実行できないという抵抗です。例えば、予算がない、時間がない、スキルがない、人員がいないため、実行に至れないと断られることがあるでしょう。これに対しては、4階層目と同様に、予め想定できる障害の乗り越え方を顧客に合った対応方法で考えることになります。なお、5階層目は4階層目と似ていますが、解決策の実行前であれば5階層目、実行後であれば4階層目という分類になります。

最後の6階層目は、この5つの階層を突破しても何となく実行することに対して漠然とした不安があるという抵抗です。これに対しては、「この人ならば大丈夫」という顧客からの信頼度が影響するでしょう。顧客から信頼を得ておくことが重要です。

この6階層をすべて突破する提案ができれば、顧客は断る理由がない、つまり断ることができない提案を受けていることになります。TOCでは、このような抵抗の6階層を乗り越える提案方法として「マフィアオファー」や「断れない提案」というものがあります。

ストーリー展開も構造化されている

我々は相手に説明するときに説明手順を構造化しています。説明するためのフレームワークはさまざまありますが、有名なものとしては「起承転結」が挙げられるでしょう。

それ以外の説明手法にPREP法と呼ばれるものがあります。PREPは「Point、Reason、Example、Point」の頭文字をとったもので、まず結論(Point)を伝えて理由(Reason)を説明し、具体例(Example)で説明することでその理由を強化して納得してもらい、再度結論(Point)を伝えるという方法です。

PREP法は、結論を先に伝えるため、端的に議論をする際に有効でしょう。

余談ですが、さきほどの逆V字モデルで、フローの静的構造を成果物視点で構造化する手法としてPReP(Products Relationship Process)モデルというものがあります。こちらは業務分析の手法ですが、どちらの「プレップ」も非常に有用です。

逆V字モデルを提供するCS Harmony

カスタマーサクセスにおいて重要となるカスタマージャーニーマップを型化することは実際に難しいということが課題になっています。型化に有効な静的構造を抽出して整理するためには、高い構造化スキルが要求されるからです。

我々はフローの静的構造を含めた逆V字モデルを実践するためのソリューション「CS Harmony」を提供しています。

このソリューションは、成果物視点で業務を記述するPRePモデルを採用しています。PRePモデルは、ソフトウェア製品の開発プロセスや製造業・金融業などの業務改革での業務プロセスの記述方法に用いられ、効果を上げているモデリング手法です。

カスタマージャーニーマップの構造を把握するための有効な取り組みが、成果物視点での業務分析だと我々は考えています。成果物視点を推奨する理由は「あなたは本当に顧客理解できていますか?」でも説明したとおり単純なものですが、説明を聞くだけと実際に体験してみるとでは大きな違いがあります。

成果物視点に切り替えるためには、成果物視点に慣れたPRePモデルの経験者でなければ難しいため、ワークショップを通じて実際に体験してもらわなければなりません。

しかしワークショップを実施するとお客さまに負荷がかかってしまうため、簡易的にソリューション効果を試したいというお客さまからの要望を受けて、構造化に正しく取り組めているかを2週間程度で診断・評価するプランを設けました。

このプランは、既存業務がわかるドキュメントを提供いただき、こちらで診断させていただくというものです。自社業務の型化の状況や課題の把握についてご興味ございましたら、ぜひお問い合わせください。

※PRePモデル、PReP modelは、K-plus Solutions Co. Ltd.の登録商標です。

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