カスタマーサクセスの再現性をつくり出す業務モデリング

カスタマーサクセスにとって必須の「顧客伴走」は、顧客理解と組織理解がなければ実践できません。

これは優秀なCSMであれば当たり前のようにやっていることであり、デキる人はどんどんできるようになりますが、デキない人は苦戦してしまうという、属人性があります。

このような属人性を解消して組織的な顧客伴走を実践するためには、伴走の品質担保の仕組みを作り出し、再現性のある手法を適用することが1つの解決策となります。

この手法がこれまで顧客理解の手法として説明してきた「業務モデリング」です。

ここではカスタマーサクセスに業務モデリングを適用する効果や必要性について、再現性の観点から改めて説明します。

顧客伴走を成功させるために何が必要でしょうか。まず大事なことは繰り返し説明してきた「正しい顧客理解」です。

これは「理解の正確性」のことではありません。

人が言葉から受け取る認識や理解が他人と完全一致することはあり得ないため、「完全に正しい顧客理解」は存在しないのです。

言葉で紡ぐ以上、認識や理解に差異が生まれることは避けられませんが、より良い方法論を用いて、顧客理解の解像度を上げることはできます。

また、そのような方法論を用いると、どんな顧客に対しても同様の価値を繰り返し提供することもできます。つまり再現性があるということです。

この顧客理解の解像度を上げ再現性がある方法論こそが「モデリング」になります。

組織として顧客理解のための業務モデリングを実行することが、カスタマーサクセスの組織的な顧客伴走には必要です。

業務モデリングとは

まずモデリングの定義について説明します。モデリングとは「ある目的をもって対象を理解する行為」です。そのため顧客の業務内容を言語化し、業務の流れを図式化するといった一連の行為は「モデリング」の一つになります。

これは建築設計がイメージしやすいかもしれません。建築家は「家を建てる」という目的をもって、家という「対象である建造物の構造や機能を理解する」ために、立面図、平面図、設備図といった設計図面を描きます。

この建築家の行為がモデリングであり、設計図面がモデルとなります。施工者はモデルである設計図面を読み取ることで、対象である建造物を正しく理解し、作り上げることができるのです。

これをカスタマーサクセスに置き換えると、ジャーニーマップを作ることがモデリングであり、完成したジャーニーマップはモデルになります。プレイブックやヘルススコアも同様にモデルです。また、ストレングスファインダーを導入することは組織理解を目的としたモデリングになるでしょう。

このように理解する目的や対象が異なればモデルも異なります。そのため世の中には数多くのモデリング手法が存在しているのです。

業務モデリングの効果

多くのカスタマーサクセス組織ではジャーニーマップ、プレイブック、ヘルススコアといったモデルが標準的に作られています。その上で、業務モデリングを導入する意味はどこにあるのでしょうか。

その答えは、次の2つです。

1つ目は「業務を改善できる」ことです。

これは「あなたは本当に顧客理解できていますか?」でも紹介した通り、レントゲンをイメージするとわかりやすいと思います。

業務モデリングは業務そのものが理解の対象なので、モデリングが進めば業務の問題点を発見しやすくなります。問題点は認識されて、はじめて改善に意識が向くため、そこから顧客の課題解決につながるのです。

作成した業務モデルが評価され改善活動に進めば、その業務モデリングは「正しく顧客理解ができた」と考えてよいでしょう。

カスタマーサクセスで当たり前のように作成するジャーニーマップ、プレイブック、ヘルススコアなどは、業務を改善するために存在しているモデルともいえます。もし改善に活かされていないのであれば、手段が目的化してしまっている危険性があります。

このように「業務改善のために業務を理解すること」こそがモデリングの1つの価値です。もし改善の必要がない業務ならば、そもそもモデリングする意味がありません。

2つ目は「再現性を生み出せる」ことです。

業務モデリングは、対象である業務そのものを忠実に写実するものではなく、対象にスポットライトを当てて射影する行為に近いものになります。

モデリングには「目的」が重要になります。目的とは「対象の何を知りたいか」ということです。それは構造なのか、動的な関係なのか、機能なのか、目的によって射影する観点が異なります。

モデルは、対象そのものではなく目的というフィルターを通すため、対象の実体よりも情報量が削減されて抽象度が高くなる部分も出てきます。情報量が減り、抽象度が上がると、対象の本質的な問題把握や共通事項を捉え、法則性やルールを見つけやすくなるのです。

業務モデルから導き出した法則性が多くの顧客に意義のあるものであれば、その業務モデルは業務効率やカスタマーサクセスの型化に応用できるでしょう。つまり顧客理解の再現性を生み出せるということです。

導入効果を高めるために取組むべきこと

モデリングで何よりも大事なことは、目的に応じて適切なモデリング手法を選択することです。

モデリングは「対象の何を理解したいのか」といった目的に応じて異なります。モデリング手法には種類がさまざま存在しますが、自分たちの目的に適したモデリング手法を採用しなければ、正しい効果を発揮しません。

モデリング手法自体はあくまでも手段ですので、そこにとらわれないことが必要です。そのため1つのモデリング手法に固執するのでなく、多くのモデリング手法について情報収集することや実際に使ってみるなどして、複数の選択肢をもつことが重要になります。

なお、モデリング手法を評価するために試行してみることは非常に重要です。書籍などから学んでモデリングの表面だけを理解したつもりになっていると、実案件で効果の見極めができないので、自信をもってモデリング手法を選択できなくなります。

いくら書籍で良さそうに思えても、実際に使ってみると思った効果が出ないことも少なくありません。自分たちに合っているかどうか、正しい成果が出るかどうか、経験に裏打ちされた自分たちなりの意見をもつ必要があります。

数多くのモデリング手法を試しながら自分たちの中にバリエーションを増やしていくと、顧客の課題に幅広く対応できるようになります。さらに対象を自社業務にすれば組織課題にも対処可能です。

「モデリング」を学ぶことは対応できる範囲を拡大し、提供品質を向上させることに繋がります。これはいわば「モデリングをモデリングする」というメタ的な認知であり、手法理解ともいえるでしょう。

導入効果を高めるために注意すべきこと

モデリングで注意しなければならないことは、自己判断だけで「もう十分理解した」としてモデリングを止めてしまうことです。

モデルを評価するのは顧客であり作成者ではありません。良いモデルを作るためには「自分勝手に最終的な結論を出さない」ことが重要です。

これはある人物について「この人はこういった人だ」と安易に決められないのと同じといえるでしょう。人にはさまざまな側面があり、それを一言で綺麗にまとめるのは容易ではなく、むしろ不可能なことだと思います。

モデリングの対象も同様です。モデルはあくまでも特定の目的にそって対象を射影したものに過ぎません。だからこそ多くの対象にさまざまなモデリング手法を適用し、より多くの経験を得る継続的な活動が必要なのです。

成長のために業務モデリングを利用する

カスタマーサクセスを組織として強くするためには、顧客理解と組織理解に続き、手法理解にも取り組まなければなりません。

モデルは形に残るため、モデリングの手法理解における成果と知識を蓄積し、組織内で共有することができます。もちろんモデルのみを見るだけで実際に体験していないと、情報量として落ちる部分はあります。しかし、組織力が高まることは間違いありません。

カスタマーサクセスの組織力を上げていくために型化は避けて通れないものであり、手法理解は型化にも有効になるでしょう。そして手法理解を進めていくためには、さまざまなモデリングに関する情報に対して常にアンテナを張り続け、実際に試して評価することが必須です。

つまり、実践あるのみ、なのです。

モデリング力を鍛える

モデリングを実践するためにはモデリング力がなければ成立しません。モデリング力を十分にもっている状態とは、「1を知って10がわかる」といわれる状態です。

これはすでに同じ経験をしているからこそ、先の展開が読めることと同じ状況です。先がわかっていれば、今後やるべきことを事前に把握できます。このような先読みを、少しの情報だけから推測することでできるようになるのです。

この経験を獲得するには、自分が実体験する場合もあれば、書籍や他者からの情報で疑似体験することも含まれます。つまり実体験やケーススタディなどで獲得した経験によって、類似した状況や問題について理解しやすくなるのです。

モデリング力が十分にあれば、ある問題に直面した際に似た問題から改善策を導き出すことができるようになります。そのためモデリング力を鍛えていけば、最終的にはどんな問題にも対応できるようになることでしょう。

モデリング力を鍛えるためには、経験が必要ですが、実体験には限界があるため、疑似体験である「モデルを使ったシミュレーション」がポイントです。

モデルを使ったシミュレーションとは

ここでのシミュレーションとは、自分で作成したモデルの妥当性・正当性を脳内で検証する行為のことを意味します。

業務モデルのシミュレーションでは、モデルから得られる問題は妥当か、解決策は効果があるのか、見逃しているリスクはないのか、他の顧客にも当てはめられるか、などといったことを脳内で検証していきます。これは、業務を疑似体験することと同じです。

さらに、シミュレーションを繰り返すと、新たに作成するモデルの品質や再現性も向上させることができます。すでにシミュレーションを終えた質の良いモデルを用いると、価値の高い成果を速く顧客に提供できるようになります。

業務のモデリング力はカスタマーサクセスの型化に有効ですが、これはカスタマーサクセスだけに限らず全てのビジネスで重要になるでしょう。

シミュレーションを行えば行うほどモデリング力が鍛えられます。しかも頭の中だけでできるので、ニュースや書籍などの情報を基にシミュレーションを行うことでモデリング力を鍛えることもできるのです。

脳内で問題の解決策を考え、その解決策に対して予見されるリスクを想定し、さらに新たな解決策を見い出していく、この思考を習慣化して行うことがモデリング力のトレーニングになります。

フィードバックの重要性

シミュレーションはあくまでも脳内での検証であるため、実際には当事者である顧客に確認が必要です。相手とのコミュニケーションにより、フィードバックをもらうことで、モデルを洗練させることやシミュレーションの精度を上げることができます。

イメージしやすいのが言語習得プロセスでしょう。例えば、小さな子が「林檎」という存在を理解せずに「りんご」という音を先に知り、その後、言語として「林檎」を理解したとします。この場合、林檎を最初にイメージするのでなく、単なる音としての「りんご」が先にあり、後から実際の林檎を見て触れることで、はじめて音と対象物が一致します。

りんごのように実体があるものは認識の一致が簡単です。しかし、林檎といっても色づき、形、大きさなど、私たちがそれぞれイメージするものは異なります。

この差異をゼロにすることは不可能ですが、相手とのコミュニケーションを通じてフィードバックを得ることで、業務を進める上での良い粒度に落とし込むことは可能です。

実際の業務では、話した人の認識と相手の言葉を受けとった人の認識は一致していると思いがちですが、そうではありません。そのため、相手からのフィードバックを受けることが重要であり、場合によっては自分の認識を変える、もしくは、共通のルールを見直す必要性も出てきます

フィードバックが繰り返されることで、モデルは洗練された形で固まっていきます。

ジャーニーマップというモデルも、すでにさまざまな人々のフィードバックを通じて現在の形に辿り着いているのです。

モデルはフィードバックを受けて固まっていくものではありますが、完全なモデルは存在せず、絶えず進化させつづけなければなりません。そのためには、シミュレーションを繰り返してモデリング力を鍛えながら顧客からのフィードバックを得ていく活動を絶え間なく続けていく必要があります。

この行為はまさに「脳の筋トレ」です。

業務モデリングをはじめる

モデリング力を身につけることは、顧客伴走に必要な顧客理解、組織理解の次元を上げることにつながります。

このような効果をもたらす業務モデリングのはじめ方について、本章で説明していきます。

業務モデリングに向いているメンバーとは

2章「業務モデリングとは」の中でも説明した建築図面を例にとって説明すると、家を建てるためには、建築家と施工者の大きく2種類の登場人物がいます。

建造物は図面があるから作ることができるわけですが、施工者も図面を読めるレベルのリテラシーが必要です。この「図面を読める」と「図面が書ける」で求められるスキルには差があります。

モデルを理解するための基礎的なリテラシーは組織全員が習得すべきですが、組織全員がモデルの作成技術を習得する必要はありません。ただし、組織内でモデリングの技術を有する人員は必要です。

モデリングの技術を有する人員は誰でも良いわけではなく、モデリング力があるメンバーを選定しなければなりません。どのような人員が向いているかというと、シミュレーションを抵抗なくできる「行動するよりも、まず考えてみる」ことができる特性をもっているタイプです。

相手のモデリング力の適性を判断するために、思考力を測る問いを投げかけてみるのもよいでしょう。例えば、適正のあるメンバーであれば、こちらがシミュレーションして想定したリスクと同様の認識があり、さらに対応策まで検討した回答をすることでしょう。

専門家の知見を活用しよう

業務モデリングを組織活動に導入するときには、組織文化とモデリングの相性もあるので、まずは小さな範囲で試すことが重要です。

合っていれば継続や拡大すれば良いですし、合わなかったら違う手法を試せば良いのです。ただし、こういった取り組みの良し悪しを評価するためには、作成したモデルの品質が一定基準を満たしていなければなりません。

慢性的な人不足に悩んでいるカスタマーサクセス組織は、より多くの顧客に適応する「勝ちパターン」の再現性が高いモデルをいち早く設計する必要があります。

そのためには、まずは学習コストを払ってでも一定品質のモデルを作ることができる専門家に頼ることが合理的です。

モデリング力は客観的に数値化できるものではありません。品質担保するためには、専門家を活用しましょう。

モデリングはAsIsから

業務モデリングをはじめるときは、まず、AsIsの業務を書くことをオススメします。

ビジネスで使われる多くの手法はToBe視点で書くものが多いため、この主張に違和感を覚えるかもしれません。カスタマーサクセスで用いられるジャーニーマップなどの標準的なモデルも顧客業務をToBe視点でモデリングをしています。

しかし、モデリングする目的である「業務改善」と「再現性」を得るためには、AsIsから始めることが非常に重要です。

なぜなら、現状把握せずに、再現性のある業務改善可能なモデルを作ることは難しいからです。表面的な顧客理解のみで現状把握できていない状況では、都合の良いバラ色の未来だけが描かれてしまいます

達成できるはずのないバラ色の未来をめざしてサービス導入してしまうと、ゴールが達成できなかったり、チャーンや社内の部門間で対立が発生してしまったりして、お互い不幸な結果を招いてしまうでしょう。

正しい現状把握がモデリングの出発点となるのです。

AsIsとToBeを使い分ける

AsIs視点でのモデリングの必要性は説明しましたが、デメリットもあります。

それは作成に時間がかかるということです。

現状把握をする範囲が広いほど、当然モデル作成に多くの時間を要し、関係者との確認にも時間がかかります。

一方のToBe視点では、めざすべきゴールをシンプルに示すことで関係者全員にわかりやすくスピーディーに伝達できるでしょう。しかし、デメリットとしては、絵に描いたモチになる可能性があります。

「こうありたい」という理想を整理するためにはToBe視点が向いていますが、「こうなっている」という前提を揃え、現実的な改善など、地に足のついた活動を行うためにはAsIs視点が向いています。

社内同士や付き合いの長い顧客などで、双方の背景を暗黙的に共有できていれば、「こうなっている」という前提にズレが起きにくいため、「こうありたい」という方向性から始めても問題ありません。

しかし新規顧客など、今まで関係性がない相手の場合は、前提を揃えるAsIs視点からはじめることが重要となります。多くの場合、ないがしろにされていますが、本来はどんな相手でも前提を揃えるところから取り組むべきです。

AsIs視点、ToBe視点共にメリットおよびデメリットの両方が存在するため、適材適所に活用しましょう。

今のカスタマーサクセスに必要な業務モデリングとは

カスタマーサクセスではジャーニーマップのように、ToBe視点の標準化されたモデリング手法は多く存在していますが、AsIsに着目しているモデリング手法は少ないのではないでしょうか。

AsIsの業務理解の方法は各社のナレッジに閉じてしまっています。

AsIsに着目したモデリングの標準化を妨げる壁は、AsIs視点でのモデリングのメリットが理解されていない、もしくは理解されているが優先的に取り組もうとしていないことです。

AsIs視点のモデリングは「既にわかっているものを改めて理解する」活動と捉えられがちであり、当たり前のことをわざわざ知りたいと感じる顧客は少ないですし、それをカスタマーサクセス側で提案することも難しいでしょう。

しかし、顧客理解は多くのカスタマーサクセスが取り組むべきテーマとなっています。

顧客理解の取り組みは最重要課題であり、AsIs視点でのモデリングは欠かせません。

学びへのアクセスが重要

強いカスタマーサクセス組織を作るためには、業務モデリングは必須です。特にブリッジ人材にモデリング力があるかどうかが組織成長のスピードに大きく関わるでしょう。

しかし多くの企業は、モデリングの重要性を認識しつつも、カスタマーサクセスのリソースが潤沢でないため目先の課題対応に忙殺され、型化や仕組み化といった再現性のある業務モデリングに取り組めていないのが現状だと思います。

こうした状況を打破するためには、学びの場を活用することも一つです。社内だけでなく社外の学びの場において、型化や仕組み化を行っている事例を研究し、方法をまねてみるとよいでしょう。

CSカレッジ」のような教育コミュニティでは、さまざまな企業がノウハウを共有しあっています。そのうち、業務モデリングも取り扱われると思います。「あなたは本当に顧客理解できていますか?」で紹介した成果物視点のモデリングを実施してみてもよいでしょう。

各社が取り組みやすい領域からモデリングを始め、型化に有益な知見・知識を共有する学びの場を介して各社に還元されれば、カスタマーサクセスにおける顧客理解のレベルは上がっていくでしょう。

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